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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)186号 判決

原告 丸源飲料工業株式会社

右代表者代表取締役 阿部栄次郎

右訴訟代理人弁理士 杉本ゆみ子

右訴訟復代理人弁理士 黒田博道

同 横山勝一

被告 特許庁長官 黒田明雄

右指定代理人 白浜国雄

〈ほか一名〉

主文

特許庁が昭和五七年審判第一五八八六号事件について昭和六一年六月一二日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五五年一〇月三一日、別紙(1)のとおり片仮名文字「ハーダース」を横書きして成る商標(以下「本願商標」という。)につき、第31類「調味料、香辛料、食用油脂、乳製品」を指定商品として商標登録出願(昭和五五年商標登録願第八七九五四号)をしたところ、昭和五七年六月四日拒絶査定があったので、同年七月二四日審判を請求し、同年審判第一五八八六号事件として審理された結果、昭和六一年六月一二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年七月三日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

本願商標の構成及び指定商品は前項記載のとおりである。

これに対し登録第一〇八三五三四号商標(以下「引用商標」という。)は、「HAN-DER'S」の欧文字と「ハンダース」の片仮名文字とを上下二段に横書きして成り(別紙(2)参照)、第31類「調味料、香辛料、食用油脂、乳製品」を指定商品として、昭和四六年二月三日登録出願、同四九年八月一九日登録、その後、同五九年九月一七日に商標権存続期間の更新登録がなされているものである。

よって按ずるに、本願商標と引用商標の構成は、それぞれ、前記のとおりであるから、その構成文字に相応して、前者よりは「ハーダース」、後者よりは「ハンダース」の各称呼を生ずるとみるのが自然である。

そこで、本願商標より生ずる「ハーダース」と引用商標より生ずる「ハンダース」の両称呼を比較するに、両者は共に称呼における識別上最も重要な部分である語頭の「ハ」の音と、後半において「ダー」、「ス」の各音を共通にし、異なるところは、前者が「ハ」の音に長音が伴うのに対し、後者は「ハ」の音に続く音が「ン」である点にある。しかして、これらの差異音である前者の長音は、その前音「ハ」の母音(a)に連係した長母音を形成する関係上、前母音に吸収され余韻として残る程度のものとみられるにすぎないものであり、また、後者の「ン」は鼻音であって、前音「ハ」に吸収され易い弱音であるといえるものである。してみれば、これらの差が称呼全体に及ぼす影響は少なく、両者をそれぞれ一連に称呼した場合は、全体の語感語調が極めて近似したものとなり、相紛れるおそれがあるものといわなければならない。

したがって、本願商標と引用商標とは、あらためて、その外観、観念の点について論及するまでもなく、称呼上類似の商標であり、かつ指定商品も同一のものと認められるから、結局、本願商標を、商標法第四条第一項第一一号に該当するとしてその登録を拒否した原査定は、妥当であって取り消す理由はない。

三  審決の取消事由

1  引用商標の構成、指定商品、出願の日、登録の日及び更新登録の日が、いずれも審決認定のとおりであること、本願商標と引用商標は、「語頭の『ハ』の音と後半において『ダー』、『ス』の各音を共通にし、異なるところは、前者が『ハ』の音に長音が伴うのに対し、後者は『ハ』の音に続く音が『ン』である点にある。」とした審決の認定は認める。しかしながら、この相違点について、本願商標と引用商標「をそれぞれ一連に称呼した場合は、全体の語感語調が極めて近似したものとなり、相紛れるおそれがあるものといわなければならない。」とした審決の認定、判断は誤りである。審決は、この認定、判断を前提として、本願商標は商標法第四条第一項第一一号に該当すると誤って判断したものであるから、違法であり、取り消されるべきである。

2  そもそも、言語の称呼は、音の区切りの有無、区切りの位置等の相違により、全く別異なものとして聴別される。

本願商標から生じる称呼「ハーダース」は、「ハ」と「ダ」の音のそれぞれの後に長音「ー」を有するものであって、「ハー」「ダー」は、いずれも母音「ア」を軽く延ばして発音され、語尾の「ス」で口唇を軽く閉じる形で発音される。したがって、発声形態としてみると、極めて自然な形で発音され、全体として、緩やかで、かつ滑らかな、そして平面的な語調で一気に一音節風に称呼されるものである。

一方、引用商標から生じる称呼「ハンダース」は、語頭の「ハ」の音が無声子音でほとんど自然放出による呼気音のため、極めて軽い音感を与える「弱音」となり、通常は鼻音として前音に吸収される「ン」の音が、「ハ」の音に吸収されることなく強調されて明瞭に発音され、「ハン」と「ダース」に分けて、「ダ」にアクセントを置き、段落をつけて二音節に称呼されるのが自然である。

「ハ」の言は、その母音「ア」が大開母音である関係上、比較的大きく口を開いて、舌は顎に伴って下がった状態で発音され、「ハ」に長音が続く場合はそのまま開口状態で「ハァ」のように発音される。「ン」は軟口蓋端音と称され、奥舌が軟口蓋(いわゆる上顎)の端の方と軽く接触して、呼気を鼻腔に追いやって発音される。したがって、「ハン」と発音するには、比較的大きく口を開いて「ハ」と発音した後奥舌を軟口蓋の端の方と軽く接触して「ン」の発音をするため、口は大きく開いた状態から軽く閉じる状態となる。すなわち、「ハン」と発音するには、「ハー」の場合とは異なり、口唇の状態を変え、かつ調音点を異にすることになり、「ン」の音が必ずしも前音に吸収されることなく、音節を形成し、明確にその存在感が聴取され得るものである。

したがって、本願商標から生じる称呼「ハーダース」は、緩やかで平坦な、一音節風の語調であるのに対し、引用商標から生じる称呼「ハンダース」は、全体として抑揚のある二音節の語調となることから、両者における長音「ー」と撥音「ン」との差異は、全体の称呼に大きく影響し、両者の称呼は語感語調が相違し、語感相紛れることなく、十分識別し得るものというべきである。

3  なお、本願商標は第31類であるが、旧第40類(第29類に相当)、第29類及び第32類において、本願商標と同一の称呼を生じる商標及び引用商標と同一態様の商標が、次のとおり併存して登録されている。

種別 商標 登録番号 公告番号

旧第40類 Harders/ハーダース 四三六八一九 昭和二八年商標出願公告第一二六八一号

第29類 HERDERS 九九九二八三 昭和四二年商標出願公告第六九七四号

HANDER'S/ハンダース 一〇九六六八〇 昭和四八年商標出願公告第三九二八九号

ハーダース 一七五五四九四 昭和五九年商標出願公告第四四二〇三号

HERdERS 一七五五四九五 昭和五九年商標出願公告第四四二〇四号

HERdER'S 一七五五四九六 昭和五九年商標出願公告第四四二〇五号

第32類 HANDER'S/ハンダース 一〇三三〇九一 昭和四七年商標出願公告第六五五三三号

ハーダース 一六七二二三五 昭和五八年商標出願公告第五三四三六号

HERdERS 一六七二二三六 昭和五八年商標出願公告第五三四三七号

本件の第31類と、第29類及び第32類は、いずれも「食品」部門と称され、需要者、取引者層にとって、各類で格別の差異はない。近年、企業の多角化により、同一企業が多種の食品を製造、販売する傾向が強まっているから、右各類で特有の判断をしなければならない事情は存しない。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一、二の事実は認める。

二  同三は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決には原告主張の違法はない。

1  本願商標から生じる称呼「ハーダース」と引用商標から生じる称呼「ハンダース」をそれぞれ一連に称呼した場合に、聴者にとっては、最初に発音される音、すなわち、語頭の音が強く印象に残るものというべきであるから、右両称呼を比較した場合、語頭音の「ハ」を共通にすることが、称呼における識別上大切な要素であり、審決で「称呼における識別上最も重要な部分である語頭の『ハ』」と説示したのは、この趣旨である。

2  引用商標から生じる「ハンダース」の称呼は、商取引の実際においては、常に「ハン」と「ダース」に区切り、「ダ」にアクセントを置き、段落をつけて二音節に称呼されるものではなく、むしろ、その音構成に従って「ハンダース」とよどみなく、一気に発音され、かつ聴取されるものとみるのが自然である。

したがって、両商標を一連に称呼した場合には、それぞれの全体の語感語調が極めて近似し、称呼上類似する商標であるとした審決の認定、判断に、原告の主張の誤りはない。

3  旧第40類、第29類及び第32類において、本願商標と同一の称呼を生じる商標及び引用商標と同一態様の商標が、原告主張のとおり併存して登録されていることは認める。しかし、この登録商標の事例で、本願商標と引用商標が称呼上類似するとした審決の判断が左右されるものではない。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1  引用商標の構成、指定商品、出願日、登録の日及び更新登録の日が、いずれも審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがなく、本願商標から生じる称呼と引用商標から生じる称呼は、「語頭の『ハ』の音と後半において『ダー』、『ス』の各音を共通にし、異なるところは、前者が『ハ』の音に長音が伴うのに対し、後者は『ハ』の音に続く音が『ン』である点にある。」とした審決の認定も当事者間に争いがない。

2  原告は、これらの相違点について、本願商標と引用商標「をそれぞれ一連に称呼した場合は、全体の語感語調が極めて近似したものとなり、相紛れるおそれがあるものといわなければならない。」とした審決の認定、判断が誤りであると主張する。

本願商標から生じる称呼「ハーダース」と引用商標から生じる称呼「ハンダース」とを比較すると、いずれも、語頭の「ハ」の音は共通する。しかし、これに続く音が、本願商標から生じる称呼では、長音の「ー」であることから、無声子音と母音「ア」を結合した「ハ」の音を軽く発音すればよく、長音の「ー」も、この軽い母音「ア」の発音を継続するだけでよい。これに対し、引用商標から生じる称呼では、語頭の「ハ」の音に続く音が撥音の「ン」であり、この「ン」の音を発音するために、語頭の「ハ」の音は強く発音されなければならない。そして、その母音「ア」が大開母音であることから、「ハン」と発音するには、比較的大きく口を開いて「ハ」と発音した後、「ン」の発音をするため、口を大きく開いた状態から軽く閉じる状態としなければならない。

また、本願商標の称呼では、前述のとおり軽い発音を継続する「ハー」の音に続いて発音される「ダース」も、「ダー」の母音は先行の「ハー」の母音と共通であることから、語尾の「ス」を発音するために口唇を軽く閉じるに至るまで、「ハーダース」と平面的な語調で一気に一音節風に称呼されるものということができる。これに対し、引用商標の称呼「ハンダース」では、「ハン」と発音されて、本願商標の称呼と共通する「ダース」の発音に入るには、口を軽く閉じる状態となること前述のとおりであり、この状態から、「ダース」を発音するために、再び口を開くことになり、本件商標の称呼のように平面的な語調で一気に一音節風に称呼するわけにはいかず、「ハン」と「ダース」との間で、語調を変化させ軽い音節風の区切りをもって称呼されるものであることが明らかである。

そうすると、本願商標から生じる称呼の「ハーダース」は、平面的で一音節風の語調であるのに対し、引用商標から生じる称呼の「ハンダース」は、語調の変化があり、二音節風の区切りある語調となるものというべきであって、両者における長音「ー」と撥音「ン」との差異は、全体の称呼に大きく影響するものということができる。したがって、両者の称呼は語感語調が相違し、語感相紛れることなく、聴覚上十分識別し得るものというべきであり、「前者(本願商標の称呼)の長音は、その前音「ハ」の母音(a)に連係した長母音を形成する関係上、前母音に吸収され余韻として残る程度のものとみられるにすぎないものであり、また、後者(引用商標の称呼)の「ン」は鼻音であって、前音「ハ」に吸収され易い弱音であるといえるものである。してみれば、これらの差が称呼全体に及ぼす影響は少な(い)」とした審決の認定は、相当でない。

したがって、本願商標の称呼と引用商標の称呼について、本願商標と引用商標「をそれぞれ一連に称呼した場合は、全体の語感語調が極めて近似したものとなり、相紛れるおそれがあるものといわなければならない。」とした審決の認定、判断は誤りであるというべきである。

3  そうすると、原告主張のその余の点について判断するまでもなく、本願商標と引用商標とが称呼上類似するとした審決の判断は誤っており、この判断を前提にして、本願商標の登録を拒絶すべきものとした審決は取消しを免れない。

三  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蕪山嚴 裁判官 竹田稔 塩月秀平)

〈以下省略〉

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